板橋区ホタル生態環境館の元飼育担当職員(58)が、懲戒免職処分をうけた理由のひとつが、ホタル館で飼育していたクロマルハナバチにかかわる問題です。
◇平成21年7月 A事業者(イノリ―企画)との間で在来種クロマルハナバチ(以下「ハチ」という。)飼育に関する「業務提携契約書」を締結。
◇平成23年4月 A事業者及び財団法人B(石川県能登町・能登ふれあい公社)との間で、ハチの「売買契約書及び秘密保守契約書」を締結。これに基づき、ホタル生態環境館施設において、区の本来業務でないハチ飼育をA事業者に認めるなどの便宜を図り、自らもハチの生態確認作業等を行った。
※板橋区発表の文書から。下線部は松崎が取材にもとづき追記。
板橋区は、これらの行為が「特定の営利企業へ便宜供与を行い、当該企業の経営に深く関与するとともに、自らも営利事業に携わった」「これらは、上司に判断を仰がず、契約等を行うなど極めて不適切な行為であった」として、元職員に懲戒免職処分をくだしたのです。
記者会見でのウソ
これに対し元職員は、処分の取り消しを求め、板橋区を相手に訴訟をおこす意思を
3月4日の記者会見 であきらかにしています。
クロマルハナバチに関しての元職員の会見での弁明内容を、ある新聞はつぎのように報じています。
◆「『(ハチの販売事業に対する)協力は区の了解を得て行なった』と主張。ホタル館で飼育していたハチについては『提供した事実はない。ホタル生育のためで、区もその効用を理解していた』と反論している』(都政新報2014年4月8日付)
「@hotaru_abe: 板橋区ホタル飼育施設内で在来種クロマルハナバチの交尾を夜中から始めます。この新女王は石川県能登町に無償提供する個体です。朝方までに200匹交尾させる予定です。死ぬ気で面倒を見ませんと能登町さんに供与は不可能です。」
@hotaru_abeはツイッター上での元職員のアカウント名です。
わざわざ「無償」と書いていますが、仮に「無償」であったとしても、能登町では、板橋区のホタル館から送られた女王蜂に働き蜂を産ませ、農家にハウス栽培の受粉用としてクロマルハナバチのコロニーを販売していた事実は動かせません。
ハチのフェロモンでホタルへの効用はほんとうか?
もともとクロマルハナバチが板橋ホタル館で飼育されるようになったのは、「ホタルとハチには共生関係があり、ホタル飼育にハチが役立つ」と説明されてきたからでした。
区議会で「ホタルを飼育する施設で、どうしてハチを飼うのか?」と問題にされたことがありました。少し長くなりますが、当時の資源環境部長の答弁を引用します。
2010年10月29日 決算調査特別委員会
◯資源環境部長 まず、認めているかということでございます。その後で、ハチとの関係についてご説明をいたします。 実は、蛍が生育するためには、適切な水質、土壌、えさなどの生態系の微妙なバランスというのが非常に重要でございます。在来種のこのクロマルハナバチ、これがつくる土が、蛍のさなぎが潜る土の抗菌化のために必要でありまして、一定の必要限度の範囲内で、このクロマルハナバチを飼うことを認めているところでございます。
では、なぜその共生が必要なのかということでございますが、ご存じだと思いますが、一度、蛍が大量死したことがございます。この原因が、実は土に生えるカビの影響でございまして、それによって蛍が、さなぎは土の中におりますので、それが死んでしまったということなんですけれども、あくまでも蛍につきましては、あの施設は蛍の施設であって、ハチの施設ではないと。そういった一定の制約の中で、蛍の生育には水辺環境と一体化した土、これを求めるために、その土自身が、カビの発生がなく、またさまざまな栄養分も必要でございます。カルシウム、マグネシウム、鉄、それとあとバクテリアですね。これを含んでいることが、自然界の蛍が生育する土と同じことでございます。
それが、一番初めはそういうことがわからなくて、土の配合をいろいろ試してみましたけども、滅菌などの工夫をしてきましたけども、どうやってもそのカビが発生してしまったと。たまたま茨城大の研究で、クロマルハナバチが土の中で巣をつくる際に出すフェロモン、これによって土のカビだとかダニ、ウイルスなどが滅菌をされまして、蛍が土の中で過ごす土として最適なものだということが判明いたしました。そのために、効率的に蛍を羽化させるといったその範囲内で、クロマルハナバチについては認めると。
ただそれを、今後ほかの蛍の生育には、カワニナとかいろいろ、幼虫のえさですね。ほかにもありますけれども、それを全部研究テーマにする施設ではないという、これについては一定の歯どめを厳重に現場の職員に申し伝えて、また我々エコポリスセンターとしても、あくまでもエコポリスセンターの職務規定では、蛍の飼育施設に関することという一定の枠がございますから、これの厳守に努めているところでございます。
見つからない科学的根拠
「ハチのフェロモンに抗菌作用があり、ホタル飼育に役立つ」というこの答弁を聞いたとき、私は「そんなこともあるのか!」と感心し、すっかり信じこんでしまいました。
しかし現在まで、ハチのフェロモンの抗菌作用や、ハチとホタルとの共生関係についての科学的根拠は不明のままです。部長答弁の根拠は、元職員の説明をそのまま議会で繰り返したにすぎなかったのです。
最近になってからですが、全国のホタル愛好家、研修者のうち数人に私が問い合わせても、「ホタルとハチの共生関係」について、「知っている」「聞いたことがある」と答えた人はいませんでした。
昨年からの区の聞き取り調査で、元職員に根拠となる学術論文等の提出を求めても、いまだに提出されていません。
元職員の代理人となっている弁護士は、ことし3月22日付の坂本区長あての「意見書」のなかで、「クロマルハナバチの効用について」解説し、「効用」を示す資料として山岡誠・九州女子大学元教授が書いたとされる「ゲンジボタル、ヘイケボタルとクロマルハナバチの関係」という文書が掲げられています。しかし、この山岡文書の内容は「意見書」でも紹介されているように、「ホタルがクロマルハナバチの蜜を好んでなめることで長生きする」ことを発見したという山岡氏の観察記録です。どこにもフェロモンの話はでてきません。
ちなみにこの会議での部長の発言は
「卵にカビが生えないような微生物の関係というのは、これは茨城大の研究でわかったんですが、クロマルハナバチというものの出す分泌物が、一つのフェロモンの一種なんですが、その一種の成分がカビの増殖を抑制すると、そういった形の共生関係があるというのがわかりまして、ホタルの卵にカビが生えることがなくなった、こういった事実、その微生物の関係をとらえて、アメリカのハーバード大学、そちらの研究者からも研究を求められたと、そういった状況です」。
となっており、茨城大学だけでなく、米ハーバード大学まで登場し、「権威」に拍車がかかっています。
しかし、両大学からは、こうした研究がおこなわれたという事実が確認できずにいます。
ついでにいうと、元職員はホタル館で抗菌物質として
「ナノ銀」 も使用しているので、カビを防いでいるのがハチのフェロモンなのか、ナノ銀なのかも実証できません。
「効用」が確認されたとしても、2010年10月の部長答弁でもすでに示されているように、ハチの飼育を認められたものの、それはホタル飼育に「必要だから」であり、販売目的のハチ飼育が認められたわけではありません。 「職務規定では、蛍の飼育施設に関することという一定の枠がございますから、これの厳守に努めている」というが元職員の上司の職務命令ですから、ハチの能登町への提供や販売は、職務違反であることは明瞭です。
ホタル飼育施設から女王蜂生産工場へ
しかし元職員によるハチ飼育は、部長答弁の「一定の枠」を超え、大きく拡大していきます。
この写真からは、ホタル館が「女王蜂生産工場」と化していたようすがうかがえます。
じつは、ハチ飼育がさかんになったこと、ホタル館での視察をもとに、区議会で質問した区議がいます。この区議は、マルハナバチ飼育を事業化し、販売して区が収益を得ることを質問のなかで提案しています。元職員の提案をうけての質問であることは容易に想像できます。
興味深いのは区議の次の発言です。
「あそこ(ホタル館)見に行くと、蜂のほうが大きいからかもしれませんけど、蜂のほうがいっぱいいるんですよね、蛍より、見た感じは。」(2010年11年1日 : 平成22年 決算調査特別委員会)
区議の目を通してみても、ホタル飼育よりハチ飼育の方が主流になっていたという印象だったのです。
明らかになったハチの飼育・販売ルート
「クロマルハナバチの販売先として、書類等で確認できたものは、石川県能登町の財団法人能登町ふれあい公社です。 まずイノリ―企画というボランティアの人たちがホタル生態環境館において女王蜂を交尾させ、その交尾を終えた女王蜂をふれあい公社に販売をするものです。 公社は、仕入れた女王蜂に働き蜂を生ませ、女王蜂とその働き蜂を小泉製麻株式会社が仕入れ、農家に販売をしたものです」
@hotaru_abe氏がツイッターでつぶやいた「朝方までに200匹交尾させる」状況が目に浮かぶようです。
自治体相手の詐欺の疑い
「板橋区ホタル飼育施設では、現在クロマルを地域別に系統選抜する研究をしています。
そのノウハウや個体を能登町に提供し、クロマルを地域ごとに出荷できれば、生態系への影響はさらに小さくなり、世界的にも注目を集めるでしょう」、「今後も能登町に対する技術的・生態的なサポートを全面的にしていきたい」
と語っています。
この契約書が、懲戒免職を決定づける証拠となりました。
元職員は契約書に「板橋区ホタル生態環境館館長」として署名捺印しています。しかし「館長」とは単なる通称に過ぎず、ホタル館には「館長」というポストは存在しません。捺印も元職員の個人名のハンコです。
元職員には板橋区を代表して他の団体と契約を結ぶ権限はありません。にもかかわらず、こうした「公文書」が存在することは、公文書偽造や詐欺という犯罪をも立件しうる証拠です。
乗っ取られた行政施設?
2月19日の区民環境委員会では、能登町まで出張し調査した板橋区環境課長がハチの代金としてボランティア(イノリ―企画)の口座に約1900万円が振り込まれていたことを明らかにしています。
元職員はお金を受け取ったのはイノリ―企画で、「自分は受け取っていない」と金銭授受を否定しています。
しかし、イノリ―企画と元職員は仲間どうしとみられています。
私もイノリ―企画の代表(女性)と会う機会がありましたが、渡された名刺には「ホタル再生環境アドバイザー・在来種マルハナバチ飼育」という肩書とともに、ホタル生態環境館の住所が記されていました。
公共施設に民間業者が事務所住所を置いているのは異様なことですが、現実にホタル館ではホタルやハチで収益事業を行なっている複数の事業者が「ボランティアスタッフ」と称して、元職員といっしょに活動していたのです。
まさにホタル館の区の施設そのものが、元職員とのそのまわりの仲間たちによって乗っ取られ、ホタル飼育と本来の業務を置き去りにし、数々の収益事業を行なう拠点とされてきたのでした。
(つづく)