また、本来業務であるホタル飼育事業についても、理学博士である元飼育担当職員の報告・証言だけが唯一の「実績」の根拠になっており、区や区民はこれを信用していたのですから、元職員の科学に対する知見、見識が正確な信頼に足るものだったかどうかを確認することは、ホタル飼育事業の実態を考えるうえでも重要なことです。
私がこれを「インチキである」と指摘したことに対して、元職員は「名誉棄損」にあたるとしてを私を提訴しています。
元職員は、ナノ銀は放射性物質の「放射能のエネルギーを奪い取り」「放射性物質の電気的エネルギーとナノ純銀粒子の電気的エネルギーが衝突し、エネルギー変換します」と説明しています(2011年10月29日付 フェイスブック)。
放射能の除染といえば通常は、放射性物質を、人間の健康や自然環境に害を及ぼさいように移動させ、隔離・遮蔽することを言いますが、元職員が言う“ナノ銀除染”は、そうした通常の除染ではなく、放射性物質そのものの「半減期を短縮」、「エネルギー変換」「核変換」で「無害化する」というものです。
もっとも、物理学の知識がなくても、ホタル館は放射線を扱える施設ではありませんし、必要な研究資材もありません。元職員も「理学博士」という肩書があるにせよ、原子物理学は専門外であり、放射線を扱う資格(免許)もありません。こんな条件で、科学の常識を打ち破るような「発見」があったと、信じるにはかなりの無理があります。
しかしそれでも、元職員は「ナノ銀による放射線低減効果は実験で確かめられている」と、主張を変えようとしていません。
これは単に「間違った仮説」という問題ではありません。
すでに“ナノ銀除染”関連の商品が一部とはいえ広告・販売されています。
福島県内などで、「実践」もされています。
放射能が消えていないのに「消えた」などと流布されれば、実際の放射能汚染が放置され、原発事故からの復興の妨げになり、健康被害も生じかねません。
「仮説のひとつだから」ではすまされない、ただちにやめさせることが必要な欺瞞的行為です。
◆核反応の証拠
元職員は、ナノ銀による放射線の低減「効果」は「“低エネルギー核反応”LENRが有力と捉えている」(訴状)といいます。
「低エネルギー核反応」は、さまざまな検証を経て現在では否定されている「常温核融合」の別名です。「病める科学」が名前を変えて生き残っているともいえるでしょう。
もともと荒唐無稽な主張を科学の「仮説」扱いすること自体、はばかられますが、裁判にもなってしまったこともあり、百歩ゆずって「仮説」として検証してみたいと思います。
ナノ銀で「核反応」が起きていることを証明するなら、核反応の証拠を実験や観測を通じて発見することが必要です。
核分裂、核融合のいずれの核反応でも、アルファ線、ベータ線、ガンマ線、中性子線など、なんらかの放射線が出ていなければなりません。
原子核崩壊のスピードを早めて半減期を短縮するなら、その分、時間当たりの放射線量が増えなければなりません。
また、核反応が起きているなら、核種変換したあとの娘核種が検出されるはずです。
元職員らの“ナノ銀除染”実験では、これらの証拠はまったく見つかっていません。元職員は「放射線量の低減」が観測されたといいますが、線量計の値が「減った」だけでは、核反応がおきたことも、半減期が短縮されてことも証明されていないのです。
半減期が短縮するという説が誤りだとしても、逆に放射性核種の自発崩壊を抑え半減期を延長する効果がナノ銀にあるとしたらどうでしょう? それなら「放射能の減弱効果がある」ともいえます。こんな主張を元職員がしているわけではありません。また、もちろん、こんな荒唐無稽は思いつきは物理学の知見や自然法則に照らせば、検討にも値しないといってもいいでしょう。
それでも、その可能性を「ナノ銀除染はあります」という立場から考えてみましょう。
原子核の崩壊が抑制されているなら、測定される時間当たりの放射線量は低減するはずで、これは元職員の実験結果とも一致するようです。
◆科学のルールとしての仮説と学術論文
ではこれで放射能低減が証明できたかといえば、そうはいきません。
線量計の値を変化させる要因はたくさんあり、ナノ銀以外の要因をすべて排除してはじめて、「ナノ銀がなんらかの影響を与えた可能性がある」といえるのです。
「可能性がある」と遠慮がちにいったのは、それでもまだ「ナノ銀が放射能を減弱させた」というには証拠が足りないからです。
さまざな科学者に検討・検証してもらい、誰が試して同様の結果になるという再現性が確認されることが必要です。そのために、学術雑誌に論文を掲載し、幅広い学者の点検をうけるという手続きが科学界には必要条件、ルールとしてもうけられています。
科学でいう論文とは、仮説を検証する作業の場でなければなりません。たんに自分の考えを主張する場ではないのです。
しかも仮説とは、たんなる思いつき、アイデア、ひらめきとはまったく違います。仮説は、ある現象を合理的に説明するために行なわれる一種の推測です。しかし、その推測は、すでに確認済みの知見と照らし合わせて、自然法則として矛盾がないかどうかを、観察・実験によって確かめることによって、その推測の真偽が検証されます。検証できるようになってはじめて仮説となりうるのです。
元職員は「ナノ銀による放射能低減」を、原発事故対策に提案したり、研究団体主催の発表会で報告したりしていますが、他の研究者の検証を受けられるような論文をいまだに書いていません。これでは追試、再現実験を行なうことも不可能です。その意味で、まだ仮説にすらなっていないのです。
◆ナノ銀でどんな“実験”があったのか?
元職員は「ナノ銀等の実験及び試験は1000回を超えています」(2012年1月3日のフェイスブック)といいます。2011年3月11日の福島原発事故後にホタル館の放射線測定を行い、その線量を下げたことから“ナノ銀除染”がはじまったことが、著書『ホタルよ 福島にふたたび』の中で語られているのですが、原発事故から1年もたたないうちに「1000回を超え」るとは、すごい回数です。
いったいどんなどんな「実験」だったのでしょうか?
裁判所には、原告である元職員からナノ銀実験にかかわるいくつかの資料が提出されています。
たとえば、2012(平成24)年3月28日、千葉県柏市南部クリーンセンターでの「ナノ純銀担持濾材放射能軽減効果試験」(甲第15号証)をみてみましょう。
訴状では、「(同クリーンセンターに)保存されていた高濃度セシウムを含む焼却灰を2次処理した焼却灰(初期数値56000㏃/㎏)にナノ純銀担持コラーゲン溶液+ナノ純銀担持骨炭を混ぜ、6日後に数値を測定したところ23700㏃/㎏に低減した」と説明されています。
提出された証拠の実験報告は以下のとおりです。
この実験のおかしなところにお気づきでしょうか?
まず、訴状では測定値の単位がベクレル(㏃/㎏)になっているのに証拠(15号証)の実験報告ではシーベルト(㏜/h)になっていて、整合性がありません。また、訴状では6日後に測定したことになっていますが、証拠は30分後までのデータしかなく、訴状の主張内容を証明するものになっていません。
でも、このような不備はほんの序の口です。原告である元職員は「とにかく実験をしたのは事実だ」と言いたいのかもしれません。私も柏市の清掃施設で何らかの出来事があったこと自体を疑っているわけではありません。
しかしそれはとうてい「実験」あるいは「試験」と呼べるようなものではありませんでした。(でもここでは便宜上「」つきで「実験」と呼ぶことにします。他に適当な呼び名がありませんから)
◆くらべるものものがない
柏市での「実験」で、対象となった試料は3つ
(A)水道水
(B)ナノ純銀担持コラーゲン溶液(10ppm)+ナノ純銀担持骨炭
(C)ナノ純銀担持コラーゲン溶液(20ppm)+ナノ純銀担持骨炭
これらを放射性物質が含まれるゴミ焼却灰に混ぜて、放射線量を測定し、(B)や(C)は(A)に比べて「線量が減った」と主張するのですが、この「実験」なるものだけでは、線量が減った原因がナノ銀であるとはいえません。
(A)の水道水以外の(B)(C)は、いずれもナノ銀、コラーゲン、骨炭の3種の物質が含まれており、どの物質が線量を低下させているか、わからないからです。
元職員はナノ銀の濃度(ppm)が問題なのだ、と言いたいのかも知りませんが、それはすでに「ナノ銀に効果がある」ことを前提条件にしてしまい、「見たいものを見る」ための操作となってしまいます。
まずは、どれが原因になっているかを調べるには対照実験をする必要があります。
試料にすべきは
(A)(B)(C)に加え(BとCはどちらか一方でもかまわない)、
(D)ナノ純銀担持コラーゲン溶液のみ
(E)ナノ純銀担持骨炭のみ
(F)コラーゲン溶液のみ
(G)骨炭のみ
でしょう。
この柏市での「実験」なるものは、こうした必要な比較対象をそろえていません。
◆早くから「効果なし」と判定されていた
そもそも、ナノ銀による放射能低減効果なるものは、2013年3月6日の参議院本会議での文科大臣答弁で
「日本原子力研究開発機構が関係の大学とともに二度にわたる試験を実施しましたが、残念ながら御指摘の効果は確認されなかった」
と否定されています。
それでも元職員は、文科大臣が同じ答弁の中で
「文部科学省としては、日本原子力研究開発機構に対し、今後とも各方面から御提案のある技術について、関係各省とも連携し、積極的にその技術的評価に取り組み、有望な技術の確認を行うよう要請してまいります」
と述べていることにしがみつき、〝ナノ銀除染〟は「まだ未解明であるにすぎない」と、否定されたことを否定しつづけています。
そこで私は弁護士を通じて、大臣答弁の根拠となった日本原子力研究開発機構に問い合わせてみました。
原研から送られてきた資料が以下のものです。
2012年4月16日には【留意事項】として次の3点が元職員に通知されています。
(1)ナノ銀利用除染資材を添加した汚染土壌3試料及び添加していないリファレンス3試料のすべてにおいて、繰り返し測定に係る変動はなかった。
(2)ナノ銀骨炭を汚染土壌に混合した場合は、混ぜていない物に比べて、単位体積当たりの放射能が低下した。これは、混合したナノ銀骨炭により、汚染土壌の放射能濃度が低くなったためと推測される。
(3)この結果は、ナノ銀を担持した骨炭(ナノ銀利用除染資材)及び担持していない骨炭、ともに見られることから、除染資材としての効果が表れているわけではないと考えられる。
さらに2012年6月1日には、再度の追加試験を経た最終的な結果が元職員に対して通知されています。
「高純度ゲルマニウム検出器を用いたγ(ガンマ)線測定装置で放射能測定を行った結果、汚染土壌へのナノ純銀パウダー混入の有無に限らず、土壌に含まれるセシウムの低減効果は認められませんでした。また、繰り返し測定においても同様の結果でした。」
というものです。
放射線量が下がったのは炭を混入したことで試料が希釈されたためでした。
しかし、こうした正規の研究機関による試験、検証を経て「3.11事件は自然災害ではないと疑え、それが第二、第三の3.11を阻止する第一歩:2009年、政権交代を果たした小沢・鳩山両氏は死を賭して真相を暴露すべき - 新ベンチャー革命 - Yahoo!ブログ効果なし」と判定された以降も、判定結果を公表せず、〝ナノ銀除染〟を主張しつづけ、ルシオラ社などを通じて、ナノ銀除染関連の商品が広告・販売活動も続けられました。
◆〝ナノ銀除染〟でわかったことは…
私は、この一連のナノ銀ニセ除染事件を調査するなかで、F.エンゲルスの『反デューリング論』を読み返してみました。
この本は、当時の観念論学者のデューリング博士の誤謬を徹底的に批判したものです。
このなかでエンゲルスは「事実にこそ、勝利の確信の基礎があるのであって、あれこれの書斎学者の法および不法の観念にあるのではない」と言っています。
そして「デューリング氏の業績のすべては、どこをつかまえてみても、まったくのペテンであることがわかった」とも言い切っています。
その「業績」の一つが、リゴメーターという装置の発明だったようです。
「デューリング氏の組み立てたリゴメーター、すなわち極低温を測る器具は、高温にせよ低温にせよ、そもそも温度を測る尺度としてではなく、もっぱらデューリング氏の無知な傲慢さを測る尺度として役立つだけであろう」。
「ナノ銀」と「リゴメーター」にどんな関係があるのか? と思われたかもしれませんが、ぜひ多くの人に考えていただきたいのです。